さて、突然ですが、あなたは犬を飼ったことはありますか?
犬はとってもかわいいですが、飼うからには日々のお世話もいろいろ必要になりますよね。面倒だと思うこともあるでしょう。でもお世話をしながら毎日一緒に暮らしているうちに、信頼関係が芽生えてくると、犬はますます可愛く特別な存在に思えてくることと思います。
実は、「自分と向き合う」というのはこんな風に「犬を飼う」ことにとってもよく似ています。
ここでお話しした飼い主と犬は
・飼い主=周りの目を気にしたり、こうしなければいけないと頭で考えている自分
・犬=本当の気持ちに忠実で感覚的に生きている内なる自分(インナーチャイルド)
にそのまま置き換えられます。もっと簡単に言い換えれば「理性」と「本能」といったところでしょうか。
自分らしく生きている人はこの「犬(内なる自分)」の声を聴くのがとっても上手です。そうなると内なる自分はますます喜んで飼い主であるあなたに心を開き、やるべきことや必要なことを教えてくれます。そしてそれに必要な仲間や環境・豊かさを必ず連れてきてくれるのですね。
一方で、「自分のしたいことや気持ちがよくわからない」という状態にある方は、飼い主が犬を完全に管理しようとしている状態に似ています。犬は吠えるのが当然なのに「吠えてうるさい!静かにしてなさい!」と叱ってしまったり、犬が周りの役に立つことをしないと「役に立たない犬だ」と思ってしまったり、体調を崩すと「私に手間ばっかりかけて、なんてダメな犬なんだ」と怒ってしまったりします。
そうすると犬はどんどんあなたのことを信じてくれなくなってしまい、どうせわかってくれないとますます反抗的になったり、わかってくれないことが苦しくて健康を害してしまったり…ということが起きてしまいます。それと同じように、内なる自分を抑えつけてしまっていると、体に不具合が出てきたり、人間関係のトラブルが起きたり…ということが起きるのです。
「自分と向き合う」ことは、犬と暮らすように「内なる自分」と過ごすことです。
まずはことあるごとに「今日はどんな調子かな?」と気にかけて、こまめに世話を焼いてあげる必要があります。例えば「犬」であれば…毎日お散歩に連れていったり、一緒に遊んであげたり、お風呂にいれてキレイにしたり、トイレを片づけたりする必要がありますよね。自分対自分もそれと同じで、自分が元気で健康でいられるように、自分が喜ぶことをしたり、休ませたり、ご褒美をあげたりしながら過ごす必要があるのです。
時にはトラブルもあるかもしれません。「鳴き声がうるさい」と近所から苦情が来たり、トイレの場所をなかなか覚えてくれなくて汚してしまったり…また、人間の世界では受け入れられないような「犬のルール」「犬の習性」に頭を悩ませることも時にはあるでしょう。「犬なんて飼わなきゃよかった!」と思うこともあるかもしれません。それと同じように、自分の性格や性質ゆえの苦労があったり、どうしても受け入れられない過去の出来事があってそれを引きずったり、心や体の不調に悩まされたり…「どうして私はこうなんだろう」「こんな自分の性格はイヤだ」と思うことがあるかもしれません。
それでも…実は「犬を飼う」というのはそういうことなのです。
楽しいことや可愛いところばかりではなく、手間も労力もお金もかかる、時には飼ったがゆえに問題が起きることもある…ですがそれが犬を飼うということ。同じように、悩みがあったり、手間がかかったり、面倒くさかったり…それは、人間であり、心があって生きている以上絶対に避けられないことなのです。
それでも、完璧なお世話ができなくても、問題を解決することができなくても、それを気に病む必要はありません。満足がいかなくても納得できなくても、その時その時でできる限りのことをそれなりにしながら犬の様子をみながら生活を積み重ねていけば、必ず信頼関係が生まれてきます。自分と向き合うのも同様です。「自分をなるべく尊重するぞ」という意思さえきちんと持ちながら、時間をかけて過ごすこと、積み重ねていくことをしていけば、いつか必ず何かしらの信頼関係や気づきは得られていくものです。
信頼関係が出来ると、犬はかけがえのない家族になってくれます。「役に立つかどうか」という理由でなく「ただいてくれるだけで支えになる」「特別なことをしなくても、ただいっしょにいるだけでいい」と思えるようになってきます。自分と向き合うことも同じで、自分との信頼関係ができれば、「自分がどんな役に立つのか・何をなすのか」を別にして、だんだんと「自分でいられるだけでうれしい」「自分として生きるだけで楽しい」という境地になってきます。こうなれば悩みがあっても「基本的に幸せ」な感覚で生きることができるのです。