出来る人の『困り感』~あなたの伸びしろ、まだまだあります

こんにちは、神代桃子です。本日は「出来る人の困り感」のお話。

当サロンに来てくださるクライアントさんには、物覚えが早くのみ込みがとても良かったり、基礎能力が高くある程度のことが一人で全部こなせてしまったり、多くの人に頼られて既に活躍されていたりという、いわゆる『出来る人』が多いなあという印象があります。

ちなみに、この『出来る人』は、当サロンで開発した「九柱診断」で言うと、『変異レベルが高い人』がこれに当てはまる傾向が強いのです(※注:変異レベルが低くても『できる人』であることも、よくあります。あくまで傾向です)。

そういう方は、周囲から見ると『なんでもできるし、メンタルも安定しているし、羨ましい!!』と思われることが多いでしょうし、ご本人自身も、『自分にあまり悩みはない』という認識だったり、『悩みや大変なことがあっても、まあ自分なりに対応出来てきている』…という評価をしていることが多いのですが…

 

実は「出来る人にも潜在的な困り感がある」と私は強く感じています。

 

というのも…

「出来る人」というのは、そもそも「自分で解決する能力がとても高い人」だったりするので、

・幼少期から困りごとがあっても自己解決する

・他の人に言っても仕方ないことは、労力の浪費あるいは心配をかけるだけなのでわざわざ言わない

・周囲を困らせると思ったら自分の中で我慢する「スキル」がある

・人に頼ろうという感覚がそもそもない(幼少期から、周囲の大人も自分のことを正しく理解してくれる感じがしない(頼りにならない)という感覚があるため、そのように育ってきた)

ということが多いのです。

そういうわけで自分の人生に大変なことがあっても「人生そんなもんだろう」「でも何とかしてきたし、大丈夫」くらいに思っていることが多いのですね。

 

ですが、人間というのは発達の過程で

・全面的に庇護されているという感覚を得る時期(母親などと愛着を形成する時期)

・自分より大きな存在に対して、反抗したり思い切りわがままを言う時期(いわゆる、イヤイヤ期)

・エネルギーを持て余して、攻撃的になったりコントロールしきれない時期(いわゆる、思春期)

というような時期ををしっかりととらなければ、本当の意味で「自分は大丈夫、そのままで価値がある」と思い切れないところがあります。

 

その点において、「出来る人」というのは早い段階から

・親や家族を自分が守ってあげないといけないような立場にあった

・安全な環境が確保できず、おちおち甘えていられない状況にあった

・感受性が強すぎて非常にナイーブな気質などから、親から十分な安心感が得られなかった

みたいなことがありえるために、「そこを十分に体験することができないまま、蓋をしている」ということが多いのです。

 

さて、「蓋をしたまま」だと、普通の人なら爆発したり、メンタルバランスを崩したりと、とても持たないことがほとんどなのですが、『出来る人』というのは、その出来過ぎる高いスペックがゆえに、

・爆発しないように上手にガス抜きをする

・メンタルがダウンする前に高熱を出すなど、体調面から自分にブレーキをかける

・高い負荷(刺激的な環境や、プレッシャーや我慢、競争、誰かを守らなければいけない状況など)を自分にかけ続けることでずっと自分を『緊急事態』に追い込みつづける

・次々と忘れたり、新しいことにどんどん手を付けることで、自分の心に集中しないようにする

などという高度な「散らしの技術」によって、「健全な自分」を保っていることが非常に多いのです。

 

いや、これって本当に、凄いことなんですよ。

自分なりに適応するために、血のにじむような凄まじい努力と、誰にもわかってもらえないという孤独さ(しかも周囲が悪いわけではないから誰も責められない)の中で、それでも成果を出し続けてきた。

凄まじいことをしているんですけども、ご本人にはほとんど「大変だった」という自覚がないんです。

 

また。

 

『出来る人』の2次的な困り感の中には「人にわかってもらえない孤独や怒り」というのもあります。

『出来過ぎる』がゆえに、周囲がその人の思考や意図を正確に把握することができず、とんちんかんな解釈をされたり、力になりたくてもなってもらえない、場合によっては嫉妬されて攻撃される…みたいなことが起こる場合があるのですね。

「誰も悪くない」「相手の能力的な問題なので仕方ない」と顕在意識では割りきっていることが多いのですが、「どこにもぶつけることができなかった怒り」「寄りかかるものが見つからなかった孤独感」みたいなものは人間なので当然生まれるわけで…

それを「感じないように麻痺させて隠している」という例も多いなあと、私は感じているのです。

 

さて。

 

ここまで読まれた中で、「困っていない健全な人をわざわざ、病んでいる人に仕立て上げようとしているのでは?」と感じる方がいるかもしれません。

ですが、私はそういう話をしたいのではありません。

 

『自分は「できる人だ」という自覚があり、人並みかそれ以上に活躍している』というあなた。

 

 

もし、この記事を読んで、

 

・当てはまるものを非常に感じた

・今の自分にどこか頭打ち感がある

・大切な人と一応信頼関係が築けているにもかかわらず安心感が少ない

・自分の内側になんだか欠落しているような何かを感じる

・人からは「暖かい」「愛がある」と言われるが、自分では「人でなしのような冷たい部分がある」「欠落がある」と感じている

・自分は無理をしていないのに、周囲から「無理しないで」「もっと頼って」と言われる

・一つのところに留まれない、これだというものが見つかりきらない

 

というような状況にあるのであれば…

 

 

 

断言します。

 

あなたは今の能力の倍以上、

 

大きな伸びしろを隠しています。

 

 

 

これは「本当はあなたは病んでいるのよ!もう無理しないで」とか「大変でしたね。癒してあげましょうね」ということでは全くないのです。

 

むしろその逆。

 

「だまだ出来る癖にぬるいレベルで満足してんじゃねーよww

さっさと目を覚ませwww

 

という話なんです。

 

もう少し丁寧な言葉に言い直しますと…

「あなたはまだまだそんなものではありません。自分の中の『埋まっていない部分を自覚して向き合う』ことができれば、今以上に、愛も能力もあふれ出し、もっともっと凄いことができるようになるんです」

ということを知っていただきたいのです!

 

 

 

もうある程度出来ているし?

迷惑をかけたくないし?

毎日の生活が何とか回っていれば満足だし?

 

いやいや。

 

能力があるということは、それを使える器があるということ。

 

能力があることをどこかで疎ましく寂しいことだと思ってきませんでしたか?

周囲に「合わせてあげる」ことをしなければといつも緊張して来ませんでしたか?

大きすぎる自分の能力や感性を持て余してきませんでしたか?

 

でも、

 

やりたいようにやるけれど、でも、周囲の人もちゃんと引き上げる。

そのうえで相手も自分もしっかりと愛を感じ取り、互いに成長する。

 

そんなやり方もこの世にはあるんですよ(*^^*)

 

さあ。

 

もっともっと自由に、やりたいようにやってみたくはないですか?

 

あなたの能力という『長すぎる得物』が、

周囲に当たってしまうかも…という心配をせず、

ブンブン振り回してみたくはないですか?

 

自分と同じかそれ以上のスペックの人たちと、

もっとのびのびと遊んでみたくはないですか?

 

充実した、満足した、やり切ったって、感じたくはないですか?

 

やりたいようにやって、周囲を幸せにする方法を身につけたくはないですか?

 

大切な人や自分のことを、もっともっと心から大好きだと感じたくはないですか?

 

産んでくれて本っ当にありがとう!!と心からお母さんに思えるようになりたくはないですか?

 

 

ぜひマゼンティークに遊びに来てください!!!

 

あなたが

重りを手放し

もっと高く飛び立てるようにする。

 

それが私の仕事です。

 

 

 

ただし、お受けできるのは以下の条件をすべて満たす方です。

・自他ともに「出来る人」であるという認識があると感じている

・人のせいにせず、自分の責任で本気で自分と向き合う覚悟がある

・自分の変化に伴って起こる、いいことも悪いことも、受け入れて前に進むつもりがある

・これを読んでワクワクした!

 

これだ、と思ったのならどうぞ一度遊びに来てみてくださいね。

 

待ってるよっ!!!!!!!(^O^)/

 

 

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