自分の親が「毒親」だと思ったら~負担を感じる人間関係への取り組み方~

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何年か前から「毒親」という言葉が社会的に広く使われるようになったように思います。

私は詳細な定義は存じ上げないのですが、一般的には『過剰に子供に干渉したり、子供が委縮したり傷つくような言葉を多用したりするなどして、長きにわたって負の影響力が強い親』のことをそう呼ぶことが多いようです。個人的な印象としては、この「毒親」ブームなどによって「自分の親が毒親だと気が付いたのなら、話してもムダなので、見切りをつけて離れよう」というようなひとつの考え方が広まったように感じています。

私は『自分を大切にするために、負担のかかる人間関係から距離を置く』ということ自体はいいことだと思います。ただ、「離れよう」とすることでかえって無意識に自分自身に非常に負担をかけてしまうような方も多いようにお見受けしています。そうなると、親から距離をおいたとしてもかえって関係がこじれたり、別の家族と同じような問題が引き起こされたり、体調を崩したり…というようなことは実は非常によくあるのです。そもそも「負担を軽くしたい」という気持ちで親から距離を置いているのに、これでは元も子もありませんよね。

そこで、今回の記事では「自分の親は毒親かもしれない」「親との関係が負担で距離を置いている」というような方のために、そんな時に『はまりやすい落とし穴』についてお伝えし、『自分の負担を本当に減らすためにはどうしたらいいか』を考えていきたいと思います。

ちなみに、今回の記事は、「親」に限らず「付き合うのを負担に感じてしまう人間関係全般」に当てはまります。自分が望んでいない状況や関係性が続いてしまったりする異性や友人なんかに対しても応用できますので、ご参考にしていただければ幸いです(*´v`)

「毒親からの卒業」の落とし穴

まずは「親から距離を置いたはずなのに、どうしてかえって負担がかかる場合があるのか」ということからご説明いたします。

実は、冒頭で紹介した「自分の親が毒親だと気が付いたのなら、話してもムダなので、見切りをつけて離れよう」という考え方ですが、ここには大きな落とし穴があります。それは、「親との関係が苦しい」「こんな親は大っ嫌いだ」と感じる一方にある「自分はそれでもこの親が大好きだ」「なんとか愛されたい」「わかってもらいたい」という気持ちを無視してしまっている、という点です。

これをお読みになって、もしかしたら「えっ!冗談でしょ!あんな親のこと全然好きじゃない!」とお感じになる方もいるかもしれません。

しかし、本当にどうでもよければそもそも長いこと傷ついて縛られるということはありませんし、もっと早いタイミングで見切りをつけることができたはずです。「距離をおいてもモヤモヤする」「水に流せない、納得できない」と思っている時点で、相手のことが好きであるからこそ強い感情が生じている証拠です。

人間の気持ちというのは複雑で、同じ人物に対して「好き」「嫌い」が同居するということは当たり前にあります。例えば、大好きな友人でもつい嫉妬して「嫌いだな」と思ってしまったり、嫌いな人に対しても「一応いいところもあるんだな」ということもあるでしょう。そして、『かわいさ余って憎さ百倍』という言葉もあるように、「大好きだからこそ、辛い目にあわされると、苦しみが跳ね上がる」ということは、非常によくあることなのです。なので、どれだけひどいことをされたとしても、理屈で納得できなかったとしても、「相手のことを嫌いになり切れない」ということは珍しいことではないのです。

要するに、『自分の親はどうやら問題のある親のようだ』と考えた段階で、「嫌い」「よくない親だ」という思いだけを感じ、自分が心の奥で感じている「でも好き」「まだ納得できない」の部分を無視してしまうことで、無意識に非常に強いストレスを自分にかけてしまう、ということなのですね。

自分の意識の中で何が起こっているか

「うーん、わかるようでわからん!」という方もいらっしゃると思うので、これについてもう少しわかりやすく説明しましょう。

自分の中の内なる自分(自分の顕在意識では自覚していない場合も多いです)がたくさんいるとして会議をしています。

自分A「お母さんはひどい人間だ、許せない」
自分B「あんなことをする親といつまでも一緒にいても、幸せになれない」
自分C「そうだ、やっぱり距離を置くべきだ。やむを得ない」

しかし、この中の一番幼い自分がこんなことを言います。

自分D「でもお母さんのことホントは大好きなの…」

すると他の自分が、このDを一斉に攻撃&説得に入ります。

自分A「なんだ、D!あんな奴のこと好きなんて言うなよ!」
自分B「そうだよ。早く忘れてとっとと幸せになろう」
自分C「好きだからって言ったってわかってもらえないんだからどうしようもないだろう、あきらめるしかないよ」
自分D「でも…」

自分A「この話はもうおしまい!もう2度とお母さんのこと言いだすんじゃないぞ、わかったな」
自分B「そうそう、気持ち切り替えて、別なこと考えたり忙しくしたりして忘れよう」
自分C「新しい家族を作ってそこで幸せになればいいんだから、あの人のことはあきらめて」
自分D「…うう…」

こうして一斉に「お前の考えていることは無駄だ」と言われた自分Dは心を閉ざし、他の自分たちに訴えることをやめてしまうのです。

ですが「お母さんのことが好き」という思いは「自分は気持ちを聞いてもらえなかった」という悲しみとともに、ずっとしこりになり、ことあるごとに痛み出します。そして、浄化してもらうことを求め、親以外の人間関係でも同じパターンを繰り返し起こしたり、別な形のトラブルとして芽を出すようになるのです。

まずは「好き」を認めてあげる

では、この「そうは言ってもやっぱり好き」という思いを、どう取り扱ってあげたらいいのでしょうか。

それは『「親のことが大好きだ」という思いに蓋をせず、自分自身でしっかりと感じてあげる』という一点に尽きます。

多くの方は「好きだと感じると余計苦しい」「好きという気持ちを感じてもしょうがない、何の役にも立たない」「(そもそも腹が立っている部分も多いため)好きだということを認めたくない」という思念で、この「好き」という気持ちに蓋をし、その気持ちを感じている自分を強く否定している状態にあります。

ですが、気持ちを感じるときには、先のことを考える必要もありませんし、生産的でなくても全く構いません(むしろ、そういう「考えてもどうしようもないこと」こそしっかり感じてあげるのが大切です)。その気持ちに対して、何か対策をとったり行動を起こす必要もありません。

この「好き」という部分を「ああ、そう思ってるんだね」「そうだね、なんだかんだ言って親だもんね」「そうだよね、離れたくないよね、わかるよ」というように、ただ時間をかけてその存在を認めてあげるだけでいいのです。

しっかりとそこまで感じることができれば、それだけで「ああ、(自分自身に)わかってもらえた」と安心し、少なくとも「自分の気持ちを聞いてもらえなかった」という気持ちはしっかりと成仏させてあげることができるのです。

なお、誤解のないように言っておきたいのですが、これは決して「好きな部分もあるんだから親を許してあげなさい、一緒にいてあげなさい」ということをお伝えしたいのではありません。親との関係を物理的にどうするかという以前に、自分の中で自分の気持ちを認めてあげていない部分があると、かえって問題はこじれてしまいやすいですよ、ということなのですね。

特に自分の親のことを「問題のある親」と思っている場合、「親に対するネガティブな思念」が大半となっているために、「親に対するポジティブな念」を自分に感じることを無意識に禁じてしまっているということは多々あります。

そういうわけで、「本当は大好き」だとか「こうしてくれた時はうれしかった」とか、「こういういいところも確かにあった」とか、そういう部分を積極的に感じてあげると、自分を間接的に否定せずに済むのでとてもいいですね。

もちろんポジティブな思いを感じたからと言って、ネガティブな思いを批判することはありません。そちらの方もそちらの方で別口に、しっかり感じてあげるといいと思います。

「毒親」との関係をどうするか

さて、ここまでは精神的な話をしてまいりましたが、ここからは実際問題として『いわゆる「毒親」との関係が苦しい時に、どんな行動をとったらよいか』ということについての個人的な意見をお話したいと思います。

まずは先に話したように、「自分が抱えている親に対してのあらゆる感情を、しっかりと感じること」です。「嫌い」も「好き」も矛盾する感情も、人として醜いと自分で考えてしまうような感情も、あなたに感じられる必要があって生まれたものですので、それはなるべく裁かずに受け入れて感じてあげるように心がけるとよいでしょう。向き合うのが難しい辛い感情も多いでしょうが、意識してあげるだけでも違います。また、「向き合いたくない、感じたくない、逃げたい」「こんなことを感じている自分は弱い」「自分が嫌い」という気持ちすら、何ら問題はありませんので、できれば否定せずに受け止めてあげましょう。

次に『おすすめしたい具体的な行動』ですが、「親との関係をどうするかの最終結論は出さず、とりあえず、付き合っていても強くダメージを受けない程度の適度な距離を確保し、自尊心を自分で鍛える期間を持つ」といいと思います。

親に限らず『強烈な影響力がある人との人間関係においては、自分の自尊心が低いと必要以上にダメージを受けやすい』という部分があります。なので、親との関係に悩んでいるようならまずは、「親に頼らずに自分で自分の自尊心を育てる」ことを心掛けるといいでしょう。「なぜ距離を置く必要があるのか」ということに関してですが、実は自尊心は「安全で、自分一人のスペースがきっちり確保できる状態」になければ、なかなか育たないのです。イメージとしては、土台を立てようと思っているのに、毎日地震が起きるようでは、いつまでたっても丈夫な土台は作れませんよね。そういう理由から、しっかりした土台を作りたいなら、「基礎ができるまで、地震のない安全な場所を自分のために確保する」必要があるのです。

また、ここでいう「適度な距離」というのは人によりますが、少しでも負担があるようなら一切連絡を絶つという感じでいいと思います。なお、一度距離を置いたら「十分自尊心が育った」と感じられるまではそれをやめないようにしてください。というのも、こうやって距離を置こうとする時に限って、相手が体調を崩したりなど特殊な事情でどうしても連絡を取らざるを得なくなったり、密に付き合わなければいけない状況になったりします。相手から絶え間ない連絡があるという場合もあるでしょう。しかしこのような状況をエネルギー的に見ると、多くの場合、相手が邪魔をしているわけではなく、「自分の潜在意識が、これまでの関係を卒業したくないと強く願っているために、相手にそのようなことをさせるよう仕向けている」ということがほとんどです。辛いこともあると思いますが、一度距離を置いたら、例外を作らずに自分の環境はしっかりと守るようにしましょう。それをしっかりとするだけでもだいぶ、自分に対する自分への信頼感が回復します。

そして、自尊心がしっかり鍛えられていくと、ダメージを受けにくくなるだけでなく、本当の意味で合理的な判断が自分でできるようになっていきますので、自然と親に対してどうしたらいいかを適切に考えられるようになっていくでしょう。結論を出したり、どのような行動をとるかはその時に考えればいいのです。

親との関係が良くなくても、いい

最後に。

これまでの話は「親との関係が辛いと感じている方が、楽になるにはどうしたらいいか」という視点でお話ししたことであって、「親との関係は絶対に解決した方がいい」とは私は思っていません。誰かとの関係がうまくいっていないからといって自分の価値が下がるわけではないですし、親と一生仲たがいしたままでも、関係がこじれたままでも、人として問題があるわけではありません。うまくできなかったり変われなかったりしても、そんな自分を責める必要はありません。

大切なのは、あなたの親がどんな人間か、過去どんなことがあったか、ということよりも「これから先をあなたがどうしたいか」にあります。その中で「親との関係を見つめなおしたい」と自発的に思うのであればそうすればよいですし、特段必要性を感じなかったり、やる気が起きなければやる必要はないと思います。

ですが、その中でもしも「変わりたいけど一人では難しそう」「本気で変わりたい」と思った時があれば、当サロンはぜひあなたのお力になりたいと考えています。ピンと来た時にはご連絡くださいませ。暖かいサロンにて、あなたのお越しをお待ちしております(*´v`)

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