「本来の自分に戻る」ということ

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当サロンでは「『本来の自分』らしく生きるためのスピリチュアル」を提供させていただいていますが、「そもそも本来の自分とはなんなのか?」「そもそも自分らしく生きる必要はあるのか?」という疑問もあるかと思います。

そこで、今回の記事では「本来の自分で生きるとはどういうことか」「そのために何をすればいいのか」ということについて、ご説明していきたいと思います(*´v`)

「本来の自分」と「制限」

そもそも、全ての人間は皆、ものすごーく宇宙に愛されています。愛されていないと、宇宙に存在することすらできません。

「本来の自分」は皆、存在するだけで満ち足りていて、愛に溢れていている存在です。そして、欲しいものは全て自分の力で引き寄せることができますし、なりたいことを叶えることができます。起きたことは自然に受け止めることができ、あらゆるものと調和することができます。なんでも完全にできるわけではありませんが、それを足りないと思うこともありません。不思議に思われるかも知れませんが、そもそも人間はその状態がデフォルトであり、そうでない状態の方が不自然なのです。

では、本来の自分でいられない原因はなにかというと・・・ブロックやトラウマ、カルマなどを背負っていることで生まれる「制限」や「自分や宇宙に対する不信感」だったりします。それらがあることで私たちは「自分は足りない」「守られてない・愛されていない」と感じ、感じられていたはずの愛情を受け取れなくなってしまいます。そうしているうちに、自分本来の感覚が薄れてしまっていまい「自分が何に喜びを感じるのか」「自分はどうしたいのか」という声が聞こえにくくなってしまいます。そして、存在するものをありのままに受け入れられなくなっていくのです。

その「欠乏感」を埋めようとしたとき、人はつい物理的な指標に頼ってしまいます。具体的に言えば「人よりできる」「人の役にたっている」「見た目や成績がいい」「権力がある」「異性を惹きつけられる」「お金がたくさんある」「人望や人気がある」…というような部分で、人と自分を比べて上に立とうとしたり・・・または、「他人の目から見た分かりやすい幸せ」「大多数の人から見た正解」「誰かから認めてもらえたり、羨ましがられる生活」を自分で自分に当てはめて、何とか幸せになろうとしてしまうのですね。

しかし、自分の声に耳を傾けずに「既存の幸せ」を何とかあてがおうとしても、パズルのピースはいつまでもはまりません。なぜなら、幸せの形は一人一人、違うからです。そもそも、人間はそれぞれ、使命も得意なことも好きなことも感じ方も全く違う存在ですから、「何に傷ついて、何が制限になっているのか」「何が好きで何をしているときに幸せになれるか」はその人にしかわからない、とても個人的なことです。

その「個人的なこと」から眼を背けているうちは「本当の安心感」や「幸福感」は得られないのです。

本来の自分に戻るためには

さて、では本来の自分に戻るためにすべきことは何かといえば…それは「自分の抱えている『個人的なこと』と向き合うこと」の一点に尽きます。

世の中の存在は全て一つにつながっており、実は自分から見える世界は、自分の潜在意識が具現化しているものでもあります。

たとえば「人は信用できない」と考えている人は、周りの人がみんな信用できなく見えますし、実際に裏のある人を引き寄せたり、信頼が試されたりするようなことが起きたりします。ですが、それは「人は信用できない」とか「自分が人を信用していないから相手から信用してもらえない」ということの裏返しだったりするのです。

そういうわけで、なにか問題や悩みを抱えていても、表面的なところばかり見ていては、いつまでも問題の本質は解決しません。

先の例だと、たとえば目の前にいる信用できない人との問題が終わったとしても、自分の潜在意識の状況が変わっていない限り、結局同じような人がまた引き寄せられてきたりします。また、信頼できそうな人が近くに来ても「この人も信用できないかもしれない」と頭を悩ませてしまうことになります。問題を根本から解決するには、自分が持っている「観念」と「痛み」に気づいて、手放すことが必要になるのです。

つまり、自分と向き合うこととは「自分の周りに起こる出来事を、自分の責任であると受け止める」そして「それに対して自分が感じていることをしっかり見つめ、自分を深く知ろうとする」ということでもあるのです。

制限があるのはいけないことなのか?

さて、ここまで「自分を見つめなおして本来の自分に戻る」というお話をしてきましたが、ここで誤解のないようにお伝えしておきたいことがあります。それは、ブロックやトラウマなどで制限がかかっていることはけして弱いことでも、悪いことでもないということです。

というのも、地球に「人間」として生まれてきている私たちは皆、そのような「不自然な状態(本来の自分に制限がかかった状態)」を体感するために来ているからです。わざわざそのような経験を経なければわからないことは本当に多いからです。

「制限がある、本来の自分とは違う状態のところ」から、「自分の力でそれをはがしていき、本来の自分に戻っていく」…というのが、ある種の学びのスタンダードなのですね。

しかし…「本来の自分に戻る」過程の中でも、「同じ問題の中をぐるぐると回り続け、先に進むことを望まない魂」もありますし、「今はそれに逆らったことをしていたい時期にあるという魂」もあります。というのも、なかなか先に進めず同じことを繰り返す…という体験や悲劇の主人公ごっこもまた、「他では味わえない楽しい経験」「それを経なければわからないことがある経験」であるからです。

人間としての人生はいわばごっこ遊びのようなものです。解放ごっこも、悲劇の主人公ごっこも、好きなシナリオがどちらかというだけの違いであって、そこに優劣も善悪もありません。そんな生き方もまた、人間として生きる学び&楽しみの一つですから、当サロンでは「それもまたアリ!」と考えています。

なぜ「本来の自分に戻る」ことを応援しているか

さて、先に書いた通り「魂を開放するのも、制限を味わうのもどちらもアリ!」と心情的には思っているのですが、当サロンのセッションでは、あえて「自分と向き合って解放していきたい」という方のお客さまの魂を応援することに特化していたいと考えています。

理由としては、私自身「制限を外すためのお手伝いをすることが楽しくて仕方がないから」「私自身、本来の自分に向かっていきたいから」という…私のとっても個人的な「好き!!」に基づくものです。

「本来の自分に戻る」ということは、時には簡単でないこともあります。行ったり来たりすることもあれば、終わったと思ったものがまだ終わっていないこともあります。できたと思ったのに全然ダメで、がっかりすることもあります。ですが、その繰り返しの中で、玉ねぎの皮のように少しずつ少しずつ、不要になったものを手放していけば、最後には光だけが残るのです。

そんな魂の変化の過程は、他では味わえない満足感と驚きや感動がいつもあります。ひとりでに愛情が溢れていくようなあの幸せな感覚を、是非多くの人に味わっていただきたいなあ~といつも感じています(^^♪

そういうわけで、当サロンは、我々と一緒に「元の姿に戻っていく遊び」を一緒に楽しんでくださる魂のお越しを心から歓迎しております

一人ではなかなかできないように見えても、「ちょっとした後押しとお手伝いさえあれば、本来の方向に向かっていける!」というパワフルな魂は本当に多いもの。お手伝いが必要な方、ピンときた方は是非お越しくださいませ。

陽の当たるサロンにて、高次の存在とお待ちしております^^

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