こんにちは、神代です。
今日は「幸せ=思い通りに行くことなのか?」というテーマで、色々お話させていただきたいと思います。
かつて自分が好きでなかったころの私は「恋人が欲しい」とか「愛されたい」とか「美人になりたい」とかいろんなことを思っていて、それが手に入れば今の問題はすべて解決する様な気がしていました。
だからそれを手に入れることに躍起になっていたし、手に入れられないとものすごくみじめな気持ちを感じたりしていたんですね。
でも自分が自分見つめ(内観)をしてきて思ったのが・・・
『欲しいものを手に入れる=幸せではどうやらなさそうだ』ということ!
というのも
・自分のことが好きではないと、思い通りに行こうがいくまいが、結局気に入らないところが目に見えてしまったり、失う恐怖や疑念に耐えられない
・自分の思い通りにいってもあんまり嬉しくないときもあるし、思い通りに行かなくても嬉しいこともある→自分の望み通りになるのは意外と重要ではない
…ということでした。
さて、前者に関しては、内観コンテンツの部分で色々話をしているので今回は割愛するとして、
ここからは、後者の「思い通りにいっても嬉しくないときもあるし、思い通りに行かなくても嬉しいこともあるから、自分の望み通りになるのは意外と重要ではない」という部分だけ説明をさせていただきますね。
いろんな方の潜在意識を拝見すると、人間って、自分の望みとか欲しいもの、必要なことをしっかり顕在意識で自覚している率って、実はかなり低いんですよね。
めちゃくちゃ上手くいっていたり、幸せをしっかり感じていたりしている方でもそうなんです。
ということは…
「望みや欲しいもの、自分に必要なこと」を自覚していなくても、
そして、それを自覚して叶えていなくても
幸せになることは十分に可能なのではないか、
ということになります。
もちろん自分が何に幸せを感じるのかとか、今の自分が顕在意識の中では何を求めているのかを知っておくのは非常に大事です。それが生きる上での指針だったり、優先順位になるからです。
だけど、自分の望みを一から10まで全て把握している必要はないし、まして、自分の人生をコントロールする必要はない、と私は思います。
人生って『何が欲しいか』と同じくらい『自分の予想外のことをいかに呼び込むか』ということも大事ではないのかなと思うのです。
これは私が仕事をしているときにも非常に思うことなのですが…
例えば、セッションをしているときに、「クライアントさんがどうしたいのか」「私がクライアントさんをどうしてあげたいのか」みたいな『望み』だけにフォーカスすると、手の届く範囲のセッションしか行えないんですけれども・・・
『予想外』のことを呼び込むと、クライアントさんと私の天井を超えたレベルのことが出来たりするんですよね。
ただし、予想外のことを呼び込むには、逆説的ですが『自分はどうしたいか』という自覚的な部分がめちゃくちゃ大事になってくるし、『すべては必要なことにつながっていく』というある種の身体的な確信が必要になっていきます。
そして、この二つがしっかり自覚できるようになるためには、やはり、自分自身が自分の責任で選んでいろんなことを経験していくしかないんですよね。
人生って不思議なものです。
欲しいと思ってたけど、手に入れてみたらそんなに面白くなかったとか
必要だと思っていたけど、ない状態でもずうっと実は生きてこられているとか
大事だと思っていたけれど、今ではもう重荷になっていたとか
ありふれたものだと思っていたけど、自分にとってはかけがえがなかったとか
まあ、生きているといろんなことがあります。
でも、一つ言えるのは、その時のその状況や気持ちにはいつも必ず何かの意味がある。
その時の自分にはわからなくても、『信頼』をしていれば、いつか必ず答え合わせができるときが来るのではないかなあと、私は思っています。
そして『信頼』というのは、多分、色んな失敗をしたり傷ついたりしながら磨かれていくものだとおもうのですが、それはあなたの人生に、『何が欲しい』とか『何が叶った』よりも、実は価値があるものを連れてきてくれるのではないかなあと、そんな風にも思っています。