【宣言】私はこれを単なる趣味でやっています

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私は今「自分と対話する」ための、お手伝いを主に仕事にしています。

かつてのセッションでは「お困りごとの解決」や「苦しい人生から抜け出す」ことをメインにスピリチュアルを使っていました。しかし、いろんな人のブロックや内面の掘り下げに数えきれな程立ち会った結果、思い至ったことがあります。

それは『あらゆる経験は、結局はエンターテイメント(娯楽)に過ぎない』ということです。

自分の人生は自分の潜在意識が作っていますので、「人生のどんな出来事もその人が求めて引き寄せて起こしている」のです。そして、辛い体験をしている時も、人は絶対にそれをどこかで楽しんでいる側面があります。

例えば親との関係性で悩んでいる人は潜在意識を注意深く探ると、『それによって辛い思いをさせられる=それだけ自分と親はつながりが深いんだ!』ということを感じて喜んでいたり、そのブロックによって自分が前に進めないという大変さをあえて味わい楽しんでいたり…という要素が必ずと言っていいほど出てくるのです。

悩みがある人はその悩んでいる状況をどこかで楽しんでいて…
自分と向き合えない人はその向き合えない葛藤をどこかで楽しんでいて…
自尊心の低い人は低い体験をどこかで楽しんでいて…
そしてブロックが手放せた時はその手放せた体験を楽しんでいて…

どうやら『自分の学びの為になるから苦い薬を我慢して飲んでいる(という部分ももちろんありますが)』というよりむしろ『その時の薬の苦さ自体を楽しんでいる』らしい…というのが、私がいろんなブロックの深部に触れたうえで感じた結論です。

さて。

つい人は「エゴが少なかったり自尊心が高い方が人として幸せ」という物差しを自分にも周りにも当ててしまいます。ですが、心の底では「エゴが多くて自尊心が低い方が楽しい」とか「自尊心を高めようとしているけどなかなか上がらなくて自己嫌悪」という体験を心から楽しんでいる方は実際にたくさんいるのです。

自分の人生を振り返っても思います。今までの人生であった辛いことや苦しいことも、今思えばあえて大変そうなことを選んだり、厳しい状況を選んだりして、悲劇のヒロインをすすんで演じて楽しんでいたのです。そして、人から『可哀想に』とか『あんな辛い体験を克服するなんてすごいね、立派だね』と思われることもまた楽しんでいたのです。あれらの辛い体験は、ためになるとかならない以前に、単に面白くて乗っていたアトラクションに過ぎなかったのだということを、今ならばはっきりと断言できます。

でもそれは悪いことでも劣っていることでもありません。「辛いことが味わいたいか楽しいことが味わいたいか」というのは、「山が好きか海が好きか」だけの違いのようなもので、そこに優劣はありません。なので、人の嗜好をとやかく言う必要はないし、各自がやりたいように楽しめばいい、そして自分がやりたいことと似ている人たちとそれを楽しむことにフォーカスすればいいのです。

さて、これまで、私には「誰かの役に立てれば」という思いで仕事をしていた時期もありました。それは、きっとどこかで「そうすることで自分の価値を証明したい」という思いがあったのだと思います。でも、自分の価値をわざわざ人に認めてもらう必要を感じなくなった今、思うのは「私はただ単に、ブロックを外したりすることが娯楽として大好きなので、それに付き合ってくれるお友達をたくさん呼びこんでいたのだ」ということでした。

そういうわけで、今の私にとっては「自分を見つめること」も「スピリチュアル」も「自分らしく生きる」ということもただのエンターテインメントになりました。自分を見つめて、気づきを腑に落として、変わっていくという体験そのもの、そこに見える魂の美しさや、浮かび上がる愛情が私はただただ大好きなのです。それ以上のことはないのです。

だから、私はぜんぜん立派な人間ではありません。ただ、自分と向き合うことやスピリチュアルやエネルギーに熱中している、一人のオタクなのです。電車が好きとかギターが好きとかコーヒーが好きとかファッションが好きとかと全く一緒です。この仕事をしていると立派な人だと誤解されることも多いのですが「人のために奉仕する」とか「神様に尽くす」みたいな崇高な感じでは全くなくて、いちオタクがやりたいことを単なる趣味で、(笑)だけど命がけでやっているというだけの話なのです。

【注:『自分と向き合ったり、それに立ち会うことの何がそんなに楽しいのか』という話は非常に長くなるので、また別のブログに書きたいと思っております】

私もまた、この1月2月、たくさん色々なことを振り返る機会がありました。私は、自分自身がどうあるべきで何を求めているかを真剣に考えました(エネルギー予報でいう「アップデート」を私も地道にやってみているのです)。

そして私の目指すことのひとつは「もっともっとこの趣味である『自分と向き合うこと』と『スピリチュアル』を、カッコつけずに、ただのいちオタクとして深く追求すること」だと思ったのです。

そして、そのためには、自分をもっとさらけ出して生きるべきだとも思いました。「真面目で冷静ないち提供者」という側面だけではなくて「ふざけたところもあるし失敗もするし、いいところも悪いところもある、ただの普通の人間である生身の私」も、お客様に知っていただく必要があると思ったのです。ということで、何をどうするかはまだはっきりとは決まっていませんが、とりあえず手始めに、自分の思いを率直に、ブログに書いてみようと思った次第でした。

さて、繰り返しになりますが、もう一度書かせてください。

あなたが自分と向き合っても向き合わなくても、自尊心が高くても低くても、そんなことであなたの価値は全く変わりません。だから、安心して好きなように生きてください。あなたはどんな状況であろうと、特別な人だし、価値があるし、宇宙に愛されています。人に合わせて自尊心を高めようとかする必要はなくて、楽しいと思ったのならどんなことでも気のすむまでとことんやってみてください。

私自身の趣味嗜好としては、「自分自身と向き合うこと」「愛を広げ、自尊心を高めること」「自分を愛して好きなことを楽しむこと」「自分の頭で考え、地に足をつけて生きること」「スピリチュアルや見えない世界」が本当に大好きで、同じようにそれを楽しいと思ってくださる価値観を持つ方と一緒に遊びたいと思っています。だから、そのように対等に遊べるお客様や仲間を熱望します!そして、『辛いことや苦しいこと、変われないことを楽しみ続けたい』という方を、私はもう変えようとは思いませんし、お客様にお迎えする気はありません。

なので、それを宣言させていただきます!

これからおそらく仕事のありようも変わっていくでしょう。ついて来て欲しいとは言いません。全てのお客様にわかっていただこうとも思っていません。これをお伝えするのは勇気のいることでもありました。批判されてしまうかもしれないし、お客様が全く来なくなって売り上げがなくなってしまうかもしれません。それは不安だし恐ろしいことです。しかしここで新しい道を選ばなければ、私は私でなくなってしまうでしょう。そして、自分に嘘をついて古いやり方に固執しているような私が、お客様の役に立てるとも思えません(自分の心に嘘をつく人は、必ず人にも嘘をつくからです)。だから、私は変わることを選ぼうと思います。そして、その結果を自分の身で引き受けようと思います。

私は自分の人生をもっともっと楽しむために、心を開いてさらけ出したいし、人のことも大きく受け入れる自分でありたい。セッションを通して相手も自分も自由にして、もっともっと愛を広げて、そしてそれがどこまで通用するのか、どこまで自分の可能性を広げられるのか試してみたいし、そして、その結果どんな景色が見えるのか見てみたい!

…今はただそんなふうに思っています。

「何を言っているのかさっぱりわからない」とか「なんか違う、求めてる感じじゃない」とか「前の神代さんの方がよかったのに変わっちゃった…」と思う方は、どうぞ遠慮なく離れてください。ただ、「面白そう」とか「なんだかワクワクする」とか、「何を言っているかわからない、けどこれってとっても大事な気がする!」と思ってくださった方は…

ありがとうございます!どうぞ私と一緒に遊びましょう!!!!!!ヽ(^o^)丿

そして、自分がここまで来られたこと。サロンに来てくださったあらゆるお客様と高次の仲間、公私共に支えてくれた家族や友人たちに。そして、これを読んでくださって受け入れてくれたあなたにも、受け入れられなかったあなたにも。心から心からの感謝をお伝えしたいです。本当にどうもありがとうございました。

これからのマゼンティークにご期待ください(^^♪

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